ちゅーごく しんぶん こらむ
てんぷーろく
2019ねん 1がつ みっか
はつうりの しゅやくわ やはり ふくぶくろのよーだ。 きのー、 はしご した ひろしま しないの でぱーとでも、 にぎわう ふろあの めだつ ところに ならんで いた。 こちらも さいふの ひもが、 つい ゆるみそーに なる。
にほんならでわの ぶんかだが、 いまや かいがいでも 「らっきーばっぐ」と して ていばんに。 ところが、 ほんけ ほんもとの にほんでわ かう ひとが へって いると する みんかんの ちょーさも ある。 ひとなみを みると、 なるほど さげて いる すがたが いぜんよりも めだたない。
うりかたも さまがわり して いる。 「なかみわ あけての おたのしみ」わ、 いまや むかし。 のぞけたり ふくろが すけて みえたり して、 かう まえに たしかめられるのが あたりまえのよーに なった。 いまどき、 きゃくの せなかを おすのわ おとくかんなのだろー。 ちょっと あじけないよーにも おもえる。
どきどきかんを さらに うしなわせるのわ、 ねっとじょーの 「ねたばれ」 じょーほーかも しれない。 えつらん かいすーを きそう ゆーざーが にんきの ふくぶくろの なかみを しらせ、 ぜんねんと くらべて おとくか どーかを ねぶみ して いる。 ついつい ながめて、 こーかい して しまう。
おとくか どーかだけが ふくぶくろの ねうちとわ かぎるまい。 もちかえり、 かぞくや ゆーじんと いっしょに あけて みる。 ふだんなら めに とどめぬ しなに めぐりあう ことも あるだろー。 それが また、 おしょーがつの おもいでや わらいばなしの たねに なる。 そんな ふくも いい。